恐るべき子供たち恐るべき子供たち
(2001/07/27)
ニコール・ステファーヌ

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監督:ジャン=ピエール・メルヴィル 
原作:ジャン・コクトー 
脚本:ジャン・コクトー 
   ジャン=ピエール・メルヴィル 
撮影:アンリ・ドカエ 
音楽:ポール・ボノー
 
出演:ニコール・ステファーヌ 
   エドアール・デルミ 
   ルネ・コジマ
   ジャック・ベルナール

母親を亡くした姉弟のエリザベートとポールは 強い絆で結ばれていた。
やがて富豪と結婚したエリザベートだったが 夫が急死したため 残された豪邸で弟、弟の友人のジェラール、エリザベートのモデル仲間のアガートと4人で共同生活を始める。
ポールは 昔憧れていたダルジュロスという少年に瓜二つのアガートに恋し、アガートも同じ気持ちでポールを見ていた。
そしてジェラールはエリザベートに恋をしている。
しかしエリザベートの気持ちは複雑だった・・・  その中で悲劇は起きた。


ジャン・コクトーの小説を コクトーが監督した「オルフェ」にも出演していた「海の沈黙」のジャン=ピエール・メルヴィルが監督した作品。
コクトーの描く子供の世界は やはりタダモノではありませんでした。
一連のコクトー作品の中で 一押しの作品です!
この作品は エリザベートという女性の感性、生き様に尽きます!

十代半ばで病気の母親の看病をし 弟の面倒もみなければならなかったエリザベート。

彼女の責任感は 彼女にとっては弟と二人っきりの聖域、つまり誰にも踏み込まれたくない弟との二人の世界を守る事で保たれていたようです。

そして 二人は二人だけの時間の中で 解き放たれているように見えます。

しかし母親が亡くなったことで エリザベートの守り続けた世界は時間の経過と共に変化していきます。

それはごく当たり前のこととして 彼女にとっては決して歓迎すげきものでは無かったようです。

ここで思い出すのが ヴィスコンティ監督の「熊座の淡き星影」。

「熊座・・・」では 弟の一方的な想いが姉を苦しめていたが やはりこの作品と同じように 時間の経過に伴い 二人の間に様々な人々が介入してくる事で崩壊する姉弟愛が悲劇的に描かれています。

この「恐るべき子供たち」でも 同じようにギリシャの古典劇のように悲劇が描かれていて、ヴィスコンティとコクトーは その内容や映像の美しい重さから 私の中で同列に系統する監督として分類されので、かなり好きです!(笑)

話を戻して・・・ ポールは少年時代に 同性ながら憧れていたダルジュロスという少年がいたが 彼の投げた石の入った雪の塊で胸に大怪我をする。

そのことで反省もしなかったダルジュロスは放校となって行方が知れなくなったが その事がポールとエリザベートのその後に大きな影響を与えます。

そして彼とソックリの女性アガートを恋したポール、ここがドラマティックです。

二人を見詰め続けたエリザベートの胸の中に湧き起こる 魂の輝きに姿を借りた絶望への完結なる願い。

いろんな境界の柵を乗り越え 単なる嫉妬では語れない不機嫌な自己主張が エゴイスティックに周囲を不幸に巻き込んで行く様子は とても残酷で痛いものです!

ラスト・シーンの衝撃は大きいけれど この結末しかないと思ってしまう。
 
そして私には 結局 ダルジュロスvsエリザベートの構図の悲劇にも見えてしまったのです。

この悲劇を 詩という音楽を奏でるように語るのがコクトー自身でした。
 
その流れるようなナレーションは 子供の純粋さと残酷な自我のみ残して 決して癒える事の無い苦痛と絶望の世界に導いてゆく道先案内人のように あくまでも妖しく響いています。

コクトーも自ら、語らずにいられなかった絶望の中のあくまでも純粋で傲慢で美にこだわった悲劇だったのではないでしょうか・・。

ジャン・マレーの居ないコクトーの作品、かなりいいです!(笑)

 

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コメント

こんばんは〜。

Mizumizuさん、ご無沙汰しています。
ご旅行から戻られたのですね。
その間、私はちょっと多忙な日々を送っていて ここもあっちも放置状態でした。
少し落ち着いたので またMizumizuさんのブログにお邪魔させて頂きますね。

>作品自体は素晴らしいと思います。ただ・・
この「ただ・・」の部分が気になりますので(笑) 後ほどお邪魔したいと思います。
そしてまた この作品を再見したいなぁ〜と思いが湧き起こっています。
観たい作品がいっぱいあって、時間との折り合いが付かず困ってしまいます〜〜涙

ようやくレビューをのせました

ご無沙汰しています。
ようやく拙ブログでも『恐るべき子供たち』を取り上げました。
作品自体は素晴らしいと思います。ただ・・・ というワケで、お時間のあるときまた遊びに来てください♪

いいです、とても!

Mizumizuさん、こんばんは。
>コクトーとヴィスコンティはつながってますよね、どこかで。
そんなんですねぇ〜、今回Mizumizuさんとお話することが出来て
改めて、確信することが出来ました。
コクトーの「白書」を読んでみたいと思いました。
ヴィスコンティがコクトーに大いに刺激を受けているのは 間違いないようですね。
どちらも耽美な世界を映像にすることに長けているし、セリフも詩情に溢れているし・・、やはり私は好きです、この二人!(笑)

この作品はコクトーの原作で、尚且つジャン・マレーが出ていないことで マレーも含めた映像の美より、コクトーの内面の美意識が強調されている作品だと思います。
この作品の登場人物の誰かに きっと自分を投影していると思います。
多分、エリザベートかなぁ・・。

ヴィスコンティがキャスティングする男優は 本当に美しい人ばかりですよね。
マレーに目を付けるのも当然の成り行きだったのでしょう。
アラン・ドロン、ジャン・ソレル、ジャンカルロ・ジャンニーニなどなど、そして最後にヘルムート・バーガーが彼のミューズ?に!!
ヘルムートは自分から売り込んでいる節もありますけどね。
コクトーにとってのマレーの存在は、ヴィスコンティにとっては誰だったのかしら?
やはりヘルムートかなぁ・・と思うのですが。

やっぱりいいですか!

恐るべき子供たち、ご覧になったんですね!
やっぱり「エリザベート」ですか! 
コクトーとヴィスコンティはつながってますよね、どこかで。
最近コクトーの「白書」を読んで確信しました。
ルートヴィヒの中で「まるで観客に気づかれることを恐れたように」挿入された短いエピソード、ルートヴィヒが自分のセクシャリティに気づく部分、そしてそれに恐れを抱く部分が「白書」に描かれた世界と相当似てることに気づきました。
ヴィスコンティはマレー君が舞台デビューしてすぐイタリアでの仕事を申し込んでるし、マレー君もイタリアに行くとヴィスコンティに会ってるし、ある意味コクトーとヴィスコンティをつなぐ地下水脈の水のような人だったんですよね。

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