![]() | エンジェル (2008/07/02) ロモーラ・ガライ 商品詳細を見る |
監督:フランソワ・オゾン
原作:エリザベス・テイラー
脚本:フランソワ・オゾン
撮影:ドニ・ルノワール
音楽:フィリップ・ロンビ
出演:ロモーラ・ガライ
シャーロット・ランプリング
サム・ニール
ルーシー・ラッセル
マイケル・ファスベンダー
20世紀初頭のイギリス。
貧しい食料品店の娘エンジェルは、上流階級の華やかな生活を夢見ながら その類まれなる空想力と文才を生かして 僅か16歳にして文壇にデビューを飾る。
瞬く間に一流の作家となった彼女は ついに憧れだった生活を手に入れたのだが・・。
久しぶりに『オゾン監督作品だ〜!むふふ』←(野次馬的シニカルな・むふふ・です)という訳で、心密かに彼の過去の作品を踏襲する喜びに打ち震えながら観始めたものの、いざ観始めると 困惑するような複雑な捻りもないし、『あれ?イギリス文学の映画化だったっけ〜?』と すっかりオゾン作品だということも、 『シニカルに観てやるぞ!』という意気込みも忘れたまま、文芸ロマンのような展開に没頭。
そのまま観終わってみて ハタと気付いたのが、『あぁ、やっぱりエンジェルもオゾンの視線で描かれた女そのものじゃないの〜』ということ!?
今にして思えば、2度も3度も美味しい・・というか、やはりオゾン監督には してヤられた感のある興味深い作品だったのです。
感想をひとつ書くにも苦労する私にとって、主人公エンジェルの文才に羨望を抱きつつ(苦笑)、夢見る夢子ちゃんの彼女が ペン1本で成功を収める物語は確かに観ていて小気味の良いものです。
ここで映画「ミス・ポター」を思い出すのですが。
ミス・ポターとエンジェルの違いは 自分の生み出した作品に寄り添って生きた結果、地位と名声と最愛の男性を得たポターと、自分の溢れ出る才能を武器に、周囲を省みず突き進んだ結果得た富を盾に 孤独に生きざるを得なかったエンジェルなのかな??
いずれも両者は若くして最愛の人を亡くしてしまうという悲劇に見舞われていますが 映画で描かれている範囲で彼女たちを分析すると、「孤独」というキーワードは共有するものの、彼女たちの愛に対する価値観の違いをはっきりと感じてしまいました。
純粋にひとりの男性を愛し、その愛を常に控え目な想いの中に 二人の強い絆で育んでいったポターに比べると、エンジェルの男性の愛し方は一方的な愛の押し付けに近いものを感じてしまいます。
それは愛の対象となる男性の資質にも大きく起因するものかもしれませんが 愛し方の違いは人それぞれでも、それはその人の生き様そのものを表すものであり、自ずとその人物の内面までも透けて見えてしまうものです。
好き嫌いは別として、どちらが興味深いか・・と尋ねられたら 他人事だから言えるんだけど もちろんエンジェルです!
ただ、どんなにお金を積まれても 私は決してエンジェルのような生き方はしたくないですけどねぇ〜〜(笑)
さて、この作品でのオゾン監督の目論見は・・というと、上でも書きましたが 当初は果たして「スイミング・プール」や「まぼろし」などの作品の中で監督が目論んだ(としか思えない!?)謎だらけの演出&結末により、観客を困惑の渦の中に置き去りにして それを『むふふふ・・』と高みからホクソエンで見物していたに違いない監督の姿を想像するものと思っていたのですが あれ違うのかな?という想いがムクムクと不信感のような不安感のような胸のざわめきとなって私の心に湧き上がってきました。
つまり、こんな〜♪はずじゃなかった〜♪みたいな脱力感かな(^^;)
ところがです・・。
ネタバレはしませんが このエンジェルという女性を オゾン監督はきっと嫌いではないと思うのです。
いやそれどころか 楽しんで創造している感すらあります。
自己中で、奔放で、走り出したら止まらない少女に富と名声を与えたオゾン監督。(笑)
そして成功しても 彼女を取り囲む空気は エンジェルの生き方愛し方と呼応するように温もりや優しさよりも 常に孤独が優先するような日々が見えています。
極端に言えば虚構の上に胡坐をかいたエンジェルを 監督は憐れみを持って見詰めているような気がしてなりません。
そして案の定、この物語にも しっかりオゾン流のシニカルな帳尻あわせが存在していて このオチにはヤられた〜、参った〜と思わず唸ってしまうのです。
つまり エンジェルという女の子の永遠の憧れだったものは やがて彼女の才能による富で 形としては手に入れることが出来たけれど 彼女の憧れの対象であったものの本質には 実は手が届いて居なかったということ。
最初のシーンとラストのシーンが繋がったところに オゾン監督の「してやったり!」が見事に完成していたのです。
エンジェルの人生における束の間の成功も幸せも 編集者の妻を演じたシャーロット・ランプリングが 劇中でしっかり皮肉ったセリフできっぱりと否定しています、とっても怖〜い目をしながらね。(怖っ!)
つまりシャーロット = オゾン監督なんだろうなぁ〜という部分もありかな・・と、想像できるんですよね、そこもまた面白い。(笑)
この作品がイギリスを舞台した英語劇であることや、エンジェルがスカーレット・オハラを連想させる部分など 古き良き時代のハリウッド映画へのオマージュと捉えるむきもあるようですが 確かにこの作品には エンジェル=スカーレットや エメス(エンジェルの最愛の男性)=レット&アシュレイの合体?(笑)、そして最後のオチを付けてくれる恋敵メラニーとおぼしき女性まで登場します。
でも そこはオゾン流「あぁ、無情・・」という感じでしょうか??(苦笑)
なんだかんだ言っても やっぱりオゾン監督作品は面白いです!
